読書メモ

 

文盲: アゴタ・クリストフ自伝 (白水Uブックス)

文盲: アゴタ・クリストフ自伝 (白水Uブックス)

 

 『悪童日記』の作者がハンガリー生まれで、1956年のハンガリー動乱の時に難民としてオーストリアを経由してスイスに亡命した。フランス語圏なのでフランス語を覚えなければならなかった。

いったいスターリンは、どれほどの数の人を犠牲にしたか?誰も正確には知らない。ルーマニアでは、今なお死体を見つけては数えている。ハンガリーでは一九五六年の動乱のときに三万人が殺された。今後も永遠に計り知ることのできないのは、あの独裁政治が東欧の国々の哲学・芸術・文学に対してどれほど忌まわしい役割を演じたかということである。東欧の国々に自らのイデオロギーを押しつけることで、ソビエト連邦は東欧の国々の経済発展を妨げただけではない。それらの国々の文化とナショナル・アイデンティティーを窒息させようとしたのだ。

わたしの知るかぎりでは、ロシア人の反体制作家で、この問題を取り上げた者、この問題に言及した者はいない。彼らはどう考えているのだろう?自分たちの間に現れた暴君によって災いを被ることになった彼らは、その同じ災いに加えて、外国ー彼らの国ーによる支配をも被ることになったあれら「取るに足らない小さな国々」のことを、どう考えているのだろう?自分の国が他国を不当に支配したことを、彼らは一度でも恥じたことがあるのだろうか。今後、恥じることがあるのだろうか。

 

そして何よりも、あの日、一九五六年の十一月末のあの日、わたしはひとつの国民への帰属を永久に喪ったのである。

 

わたしが悲しいのは、それはむしろ今のこの完璧すぎる安全のせいであり、仕事と工場と買い物と洗濯と食事以外には何ひとつ、すべきことも、考えるべきこともないからだ、ただただ日曜日を待って、その日ゆっくりと眠り、いつもより少し長く故国の夢を見ること以外に何ひとつ、待ち望むことがないからだとーー。

 この人の感情を害することなしに、わたしの知っているわずかなフランス語でもって、あなたの美しいお国はわたしたち亡命者にとっては砂漠でしかないのだと、いったいどうすれば説明できるのか。この砂漠を歩き切って、わたしたちは「統合」とか「同化」とか呼ばれるところまで到達しなければならないのだ。当時、わたしはまだ、幾人もの仲間が永久にそこまで到達できぬことになろうとは知らなかった。

 

さて、人はどのようにして作家になるかという問いに、わたしはこう答える。自分の書いているものへの信念をけっして失うことなく、辛抱強く、執拗に書き続けることによってである、と。